方丈記後篇

つづき

実は方丈記は大きく2部構成になっています。

前半は、彼の生きていた時代の京都にいかに災害が多発し、安定していると思われた権威や家、街の治安が脆いものだったかを記述しています。

後半は、だから自分は京都のはずれで庵をむすび、世捨て人の生活を営んでいる。誰が私を責められようか、と言って随筆を閉じます

って、考えようによっては、ニートで引きこもり、ホームレス状態の自分を自己弁護する内容ともとれます。平安から鎌倉初期にかけてたくさんの書物が書かれましたが、このあたりの作品が私たちの意識の底流にあるのだな、と最近思っています。

だって、源氏物語なんて女子のハシリですよね。源氏物語絵巻などは、さしずめアニメ化決定みたいなものだし。それに反発したのか、デキ女が枕草子を書く。そんなふうに知識を振り回す女はモテないよと反駁される。

土佐日記では男が女になりすまして日記文学が成立する。なんで女性の立場から文章をものしたのか、その動機に興味が尽きません。

日本文学は、確かに面白いな。

唯一無二。世界的な価値がある文字世界です。

教育改革でいらないとやり玉に上がりがちな古文漢文ですが、斬って捨てるのならば他の科目だよな、と思ってます。

今はどうなのか?

むかしヨーロッパに行った頃、私が驚いたのは、ドイツやフランスでは小中学校では主要5科以外はやらず、週5日午前中だけで授業が終了し、午後はまるまる子供たちの自由にさせていたことでした。給食ですら、ない。

体育も音楽もない。技術家庭などもない。やりたければ地元のジュニアチームに入ったり、カルチャースクールに行けばいい。そこには専門の指導者がいる。学校も校庭を維持する必要がないので小さくてすみ、授業が終わるとさっさと門を閉じて残る生徒を追い出します。公務員も少なくてすむし、収入が足りないと思った教師は副業も許されている。

ああ、こういうやり方もあるのか、と感銘を受けた記憶があります。

将来の異文化共生を考えたら、日本の既存の給食なんて成立しない。制服も、そう。オリンピックでさえバラバラに入場する昨今、体育祭では軍国主義教育の名残である行進がまだ続いている。生徒に掃除や校庭の草むしりを強要しながら、日本の若者はボランティア精神に欠けると言う。

こうしたところの見直しはされないのだな、と長年不審に思っています。

時代にシステムが追いついていない。

今まで通りのシステムを固辞するならそれでもいい。ただし、その場合は新しい環境には適応できない。全てのことには長所と短所があるのだから、それは呑み込まなければいけない。にも関わらず、生じた不具合をすべて若者の怠慢に帰するような議論はやめていただきたい。

子どもたちが、あまりにも可哀想です。

教育制度に一般の人が関心を持つのは、自分の子どもが就学年齢のときだけです。それ以外の人は、この業界に関係がない限り興味を持たない。

その結果、カビの生えた古いシステムと、時代の要請に応じた新しいシステムが混在してしまう。ひたすら子どもたちの負担は増え、減ることがない。

そりゃあね、鴨長明みたいに引き篭もって庵をむすびたくなるわけです。

この項了

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