牛と、午(うま)の字の類似の秘密牛頭天王

エジプトの太陽の位置と、日本の太陽神の権化について書いてきて、その中で、太陽が天頂

に来た時、古代エジプトでは、太陽は黄金円盤として輝き、大きな羽を開ける事を取りり上げ

ました。

そして、平等院鳳凰堂にその形が隠されているともしてきて、まだその形はあるのではと考え

ていたら、見つけました。

干支の午(うま)の字を使った正午が閃きました。

正午は、太陽が天頂に来た時だからです。

先月に記事で取り上げた、酉と西の字の類似の紐解きの一を引く法則と絡めると、

午と似た字は牛の字です。

この二つの字も牛の字から一を引く形があるように思われます。

それは、正午の午は、ごと読み、牛もごと読む事からでもあります。

ただの偶然でしょうか?

あまり、この読み方はしない特殊とも取れる読みです。

然しながら、この二つの字を紐解いていくと、異界での姿は、今までの私の推測と逆の、現世

の姿に1を足す形が、字の形状から浮かび上がるのです。

少し、混乱してきました。

とりあえず、この字を紐解いていきます。

牛の字をごと読むもので、よく知られる言葉に牛頭天王(ごずてんのう)があります。

そう思いついた時、これは、私の今までの流れの中に有る事を確信しました。

何も知識がないので、私の感じたまま進めていきます。

少し、飛び飛びに書いていきますが、最後には、それらは、一つにつながるのです。

牛頭天王

この神は、京都の八坂神社や、愛知県西部の津島神社で祀られる事で知られ、

共に、山車を使った祇園祭、天王祭で知られています。

津島神社

山車と、まきわら船

池に浮かぶまきわら船

津島神社は藤の花でも知られます。

牛頭天王は、釈迦の誕生の地に因む祇園精舎の守護神とか、朝鮮半島からの渡来人の信

仰から来ているとされます。その説明は沢山の方が解いているので省きます

丁度、私のブログに来られるあみんちゅひろみんさんの最近の記事が牛頭天王を扱った

内容だったのです。

それは、日本最古に牛頭天王を祀った滋賀県の小川原神社でした。

直ぐ近くには、滋賀県一の多賀大社があり、御井の信仰が強く残る地域なのです。

小川原神社と、多賀大社

これらのつながりは、今の私には分かりませんが、伊勢神宮外宮の多賀宮の参道に御井

社がある事から、多賀大社御井とのつながりはあるようです。

この地域や、津島神社もそうですが、海洋民族が鉄を求めて美濃へ移動して行った形跡を残

しています。

それと重なるように、厩猿信仰うまやさるが残ります。

以前にもこの信仰を紐解きましたが、この厩猿信仰は、牛頭天王信仰と同一ともされていて、

猿が守護する厩の馬は、太陽神と、私は、古代エジプト信仰から重ねてきました。

沖縄の高久島でも馬太陽神とされている事からも、海洋民族馬太陽神のつながりが見

え、古代エジプトのこのレリーフが総てを現しています。

猿と太陽と、船

このレリーフでは、猿が護っているのは太陽である事から、馬を護る猿の信仰の厩猿で

は、やはり、馬太陽となります。

馬と牛は、信仰の中で、どうも密接につながっているようです。

それを如実に表しているのが、上記の天王祭りで知られる津島市にある興禅寺の牛頭天王

像で、牛と馬の多頭像の姿を容しているのです。

では、馬と牛の住み分けは何なのでしょう?

スサノオ

その答えは、牛頭天王が、スサノウ命と同一視されている事に目を向けると見えてきます。

スサノオは、イザナギと、イザナミの間に生まれました。

多賀大社が、この二柱を主神としている事から、上記の小川原神社が近くにある事を理解で

きます。

イザナギイザナミを祀っていた白山も然りです。

それらと、この牛頭天王とされるスサノオ命を重ねて見ていくと、新しい発見があり、バラバラ

であったものが一つにつながってきます。

スサノオの特徴は

海と、夜の食国よるのおすくにを治めた。

母の世界根の国に行きたいと願った。

八岐大蛇ヤマタノオロチを退治して、草薙剣を得た。

子孫に大国主を産んでいる。

宇迦之御魂神うかのみたまも産んでいる。

各務原御井神社に行った時、摂社に保食神うけもちのかみが祀られていたのも、スサ

ノオ命、即ち、牛頭天王が食の神で、御井の神とつながるのだと理解できます。

御井信仰が強く現れている養老の名物養老ミートとされるのも、不思議な共時性と言えま

す。この紐解きは、次回に

ヒッタイト文明を滅ばしたのは、牛頭天王信仰を持つ一族では?

八岐大蛇の件は、この伝説が、鉄のヒッタイトと重なっているとされる説からも理解できます。

ヒッタイトは、海洋民族に滅ぼされたと、唯一、エジプトの遺跡に書かれていました。

それは、学者も謎としていますが、このスサノオの伝説と似ている事から、スサノオの一族が、

ヒッタイト文明八岐大蛇の滅亡に追いやったのかもしれません。

ヒッタイト神話に出てくる、岩に突き刺したシャッルマの剣と、大国主と国譲り伝説に登場す

る地面に刺した剣の類似からも、海洋民族が鉄の王国ヒッタイトを滅ぼし、製鉄技術を奪

い、日本にも来ていたと想像でき、

それは、スサノオ牛頭天王と、草薙剣の関わりや、外来から伝播した神である事からも

窺い知る事ができます。

また、伊勢神宮外宮の豊受大神が、海洋民族の海部とつながり、海の食を提供されている事

も理解できます。

それは、

豊受大神が、牛頭天王で、夜と食を司り、

天照大神が、馬頭観音で現され、昼を司る

のではと考えると、色な伝説や、その舞台となった地域とのつながりが、スムーズに一本の

糸でつながってきます。

古代エジプトでは、太陽と羽が結びついています。

羽を持つ想像上の動物に午天馬はいますが、牛は、あまり聞きませんね。ギリシャ神話に

はいます

この事からも、馬は正午で現されるように、昼の神で

午馬昼神

牛は、夜の世界の神と考えられます。

牛夜異界の神

ですから、エジプトの玄室に描かれた牛も、あの世の領域に描かれているのでしょう。

これらの事をまとめると、馬と牛の信仰は、西アジアや、古代エジプト文明、そして、その周辺

の思想とつながっているように思われます。

この牛と午を紐解いてきて、ぴったり当てはまるギリシャ神話の神がいました。

正に、牛頭天王信仰につながるのです。

それは、次回に。